大判例

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大阪高等裁判所 昭和61年(う)399号 判決 1987年3月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月及び罰金一四〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人塚本誠一、同坂和優共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官永瀬栄一作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一控訴趣意書第一について

論旨は、要するに、(1)被告人には本件納税申告について脱税の認識はなく、また、架空債務の計上によつて税の軽減されることは知つていても、不正申告の認識はなかつたのに、原判決が当時被告人にこれらの認識があつたとして本件脱税の犯意を認めたのは事実を誤認したものであり、(2)更に、原判決が、税務署の担当職員らについて、「(同和地区住民に対する税の)軽減措置は同和団体の強い要望に基づき交渉の末、同和地区住民の歴史的社会的諸事情に鑑み講じられるに至つたもので、本件に関してもそれと同類のものと誤信してこれを処理したとも思われる」として、その刑事責任の存在を認めなかつたのも事実の誤認であつて、右のいずれの誤認も判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで、所論及び答弁にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて、まず右(1)の点について検討するに、原判決挙示の証拠によれば、所論脱税の犯意の点を含め、原判示罪となるべき事実は優に肯認することができる。すなわち、右証拠によれば、被告人が本件相続税の申告を全日本同和会京都府・市連合会(以下同和会という。)に依頼するに至つた動機・事情については、原判決が詳細に認定説示するとおりと認められ、本件において、被告人は、正規の税額が自己と兄太郎の分を合計して約一億円余になるであろうこと、しかるに、同和会を通じて申告する合計税額がわずか七〇〇万円余に圧縮されており、その原因も二億六三〇〇万円という架空の債務の計上にあること、また、自己の出捐する金額と右申告税額との差額金についてはすべて同和会の取得分となること、更には、自己らの本件相続がいわゆる同和対策控除の対象となるような性質のものではないことなど、いずれもこれを了知した上、あえて共犯者の甲野一夫を介して同和会に対し、兄太郎の分も含め総額五五〇〇万円以内で右相続税の申告をするように依頼して、本件納税申告をするに至つたこと、なお、右依頼に際して被告人は、甲野から、右のような申告をしても同和会を通じてする場合は税務当局の調査がなされない旨聞かされたが、その理由については何ら説明を求めようともしなかつたことがそれぞれ認められ、右事実に徴すると、当時被告人としては、本件のような申告がまかり通るのは、同和団体の力と税務当局の目こぼしによるものであつて、それが正当な申告納税であるとは考えていなかつたことを推認させるに十分であり、したがつて、被告人に本件脱税の犯意があつたこともまた明らかというべきである。原審及び当審における被告人の供述中、犯意がなかつた旨述べる部分は、前記認定事実等に照らし不合理で措信できない。

次に右(2)の点について検討するに、原判決挙示の証拠によれば、原判示のとおり、昭和五五年一二月ころ、同和会と大阪国税局及び上京税務署との間に、「同和会傘下の同和地区納税者については、同和対策控除を認めるなど実情に即した課税を行うものとし、その納税申告手続を同和会を経由して行つた場合、これに関する税務当局の調査等は同和会を通じて行う」旨の非公式の申し合わせがなされ、以来税務当局においては、同和地区住民に対し法律に基づくことなく事実上税の軽減措置を講じてきたものであるが、いつしか、同和諸団体の代行する納税申告については、多額の架空債務計上などの方法による極端な税額の圧縮が行われていても、申告書類に形式上の不備さえなければ、税務当局の裁量でこれをそのまま認容するという取扱いが一般化し、現に本件の場合にも、多額の債務負担を仮装した申告がなされたのに、これを安易に受理し、内容の調査は一切していなかつたことが認められる。右事実に徴すれば、本件につきなるほど税務当局の側に重大な職務違背があつたことは否定できず、少なくとも原判決がいうような単なる担当職員らの誤認処理によるものとして済まされる事柄ではないと考えるが、もともと右職員らにその刑事責任を問い得るかどうかは本件被告人の刑責とは別個の問題であり、いずれにしても、その誤認が未だ判決に影響を及ぼすものでないことはいうまでもないところである。

そうすると、右(1)の点については原判決に所論のような事実誤認のかどはなく、また右(2)の点についても、原判決にはその説示にやや適切でない部分があるものの、結局所論のような判決に影響を及ぼす事実誤認のかどはないというべきである。論旨は理由がない。

二控訴趣意第二について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が兄太郎に対する相続税を申告した行為についても、相続税法七一条一項のいわゆる両罰規定を適用して処罰したが、そもそもこの両罰規定は、業務主が従業者の業務行為に関し監督上の過失があつた点に処罰の根拠が求められ、その適用の対象は業務主及びその従業者に限られるものであるのに、業務主でない太郎の申告の代行をした被告人に同条項を適用した原判決は、同条項の解釈適用を誤つたものであり、かつ、その誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れない、というのである。

しかし、右の点について原判決が説示するところは正当であつて、当裁判所もこれを是認することができる。けだし、相続税法が右条項をもつて両罰規定をもうけている所以は、同法が取締りの対象とする相続税又は贈与税の納付に関する不正行為が、納税義務者自身ではなく、これとの一定の身分ないしは契約関係に基づき納税の申告行為を代行する者によつてもなされる場合のあることに着目し、そのような場合、不正行為をした当該行為者を処罰するほか、原則として(すなわち無過失でない限り)納税義務者にも罰金刑を科し、もつて右の取締りの趣旨を徹底しようとするにあると考えられるところ、もともと相続は、その性質上、相続人が事業を営んでいるかどうかとは全く無関係に発生するもので、したがつて、その者が何らかの事業を営んでいる場合であつても、厳密にはその相続税の申告行為は当該業務とは無関係に行われるものであり、たとえその申告の代行を当該業務の従業者に依頼したとしても、その代行行為は依然当該業務に関して行われるものではなく、同従業者が個人的に(業務とは関係なく)業務主個人から依頼を受けて行為するものにすぎず、本来的に同業務に関して行為するものではない(というよりむしろ業務に関して行為することはあり得ない)のであるから、所論のようにその両者間に業務主対従業者の関係がある場合に限つて両罰規定の適用があるとする合理的根拠はなく、また、同条が「業務又は財産に関して」違反行為をしたときと規定し、業務に関する行為のほか、財産に関する行為をも併せ規定しているところからみても、右条項の納税義務者本人である「人」を文理上も特に業務主に限定して解釈しなければならない必然性は見出し得ないからである。

右に対し、所論は、納税義務者が事業を営まない個人である場合、さきの解釈に従えば、業務主のように定型的監督義務(過失)をもち得ない非業務主は、自ら全面的にその無過失を立証しない限り処罰を免れないこととなつて、罪刑法定主義に反するというが、原判決も説示するように、たとえ納税義務者が事業を営まない個人であつても、自己の代理人等申告代行者を選任するにつき過失があれば、その責任を問われるべきこと、また、その過失は必ずしも無定型・無限ではないこと業務主の場合と異なるものではないから、右の所論は採用できない。

そうすると、本件において、被告人の兄太郎が特に事業を営んでいることは認められないけれども、同人の委任を受け、その代理人として同人の相続税を免れさせた被告人は、同所為につき相続税法七一条一項により同法六八条所定の罪責を負うべきであつて、これらの規定を適用した原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

三控訴趣意第三について

論旨は、原判決の量刑不当を主張し、とりわけ罰金刑を軽減されたい、というのである。

そこで、所論及び答弁にかんがみ記録を調査し、当審事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件は、被告人が、原判示の同和会役員らと共謀の上、多額の架空の債務承継を仮装するという不正の行為により、自己及び兄太郎の相続財産にかかる相続税を逋脱した事案であるが、その逋脱額の合計は正当税額一億二三一万五〇〇円との差額九五〇四万四九〇〇円と多額である上、逋脱率も九二・八パーセントと甚だ高率であること、しかも犯行に当たつては、自ら積極的に共犯者甲野一夫に相談をもちかけ、虚偽の債務の仮装という本件脱税の手段についても認識した上でこれを依頼していることなどに徴すると、被告人の刑責には軽視しがたいものがあるといわれなければならない。しかしながら他方、本件においては、これまで同和諸団体の関与するこの種脱税を安易に容認して放置してきた税務当局の側にも責任の一端があること、本件不正申告の実際の方法等についてはもつぱら共犯者らの主導によつて行われたものであり、被告人自身としては、必ずしも本件のような極端な脱税を目論んでいたのではないこと、また本件発覚後、直ちに修正申告に応じ、本税のほか、重加算税、延滞税を、兄太郎にかかる分をも含め全額納付するなど、結果的には相当多額の経済的制裁を受けていること、更に被告人にはこれまで業務上過失傷害罪で罰金刑に処せられた以外に前科のないこと、その他現在の反省の念など所論指摘の被告人に有利な諸事情を考慮するならば、被告人を懲役一〇月(三年間刑執行猶予)及び罰金一八〇〇万円に処した原判決の量刑は、罰金刑の金額の点においてなお重きに過ぎるものと認められる。この点の論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決の認定した事実に原判決挙示の各法条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田登良夫 裁判官白川清吉 裁判官白井万久)

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